なぜ日本の街にはゴミ箱がほとんどないの?
「サリン事件のせい」だけでは説明できない、ゴミ箱が消えた本当の理由と、ゴミを持ち歩く旅のコツ。
ざっくり言うと
日本の街や駅からゴミ箱が減ったのは、ひとつの事件だけが原因ではありません。海外の鉄道テロを受けた警戒の強化、家庭ゴミの持ち込みやあふれたゴミへの苦情、そして設置と回収にかかる費用。こうした理由が何十年もかけて積み重なった結果です。
その代わり日本では「自分のゴミは自分で持ち帰る」という習慣が根づいています。旅行者も小さなゴミ袋を一枚持っておけば、ほとんど困ることはありません。
「サリン事件が原因」はどこまで本当?
よく挙げられるのが、1995年3月20日の地下鉄サリン事件です。宗教団体オウム真理教が東京の地下鉄の車内で猛毒のサリンをまき、13人が亡くなり、6,000人以上が負傷しました。この事件のあと駅のゴミ箱は一時的に撤去され、その後も要人の来日や大きな行事のたびに封鎖されるのが当たり前になりました。
ただし、サリンはゴミ箱ではなく列車の中で使われています。ゴミ箱が犯行に使われたのは、同じ年に新宿駅のトイレのゴミ箱へ青酸ガスの発生装置が仕掛けられた別の事件でした。しかも事件の舞台となった営団地下鉄(現在の東京メトロ)は、1997年4月に数を半分以下に絞ったうえで、駅員の目が届く場所にゴミ箱を戻しています。ライターのdragoner氏は、事件の時期と街からゴミ箱が消えた時期にはずれがあり、「サリン事件のせい」の一言で片づけるのは根拠が薄いと指摘しています。
駅のゴミ箱を減らした、海外のテロと家庭ゴミ
駅にとって大きな転機になったのは海外の鉄道テロでした。2004年3月のスペイン・マドリードの列車爆破テロ、2005年7月のロンドン同時爆破テロを受けて、日本でも鉄道の警戒が強まります。国土交通省は2005年8月に鉄道会社などと「鉄道テロ対策連絡会議」を設け、脅威の度合いに応じた3段階の「危機管理レベル」を定めました。ゴミ箱の集約や撤去はレベルが上がったときの措置の一つで、ふだんからゴミ箱をなくすよう求めるものではありません。
駅に残ったゴミ箱の見た目が変わったのもこの頃です。JR東日本は2004年、マドリードのテロを受けてゴミ箱の数を絞り、金属製から中身が見える透明なものに切り替えました。いま首都圏の駅でよく見るゴミ箱が、「ペットボトル・缶」「紙くず」「新聞・雑誌」などに分かれた透明な箱なのはそのためです。テロ対策として変更された経緯を考えると、不審物を中に隠しにくくする狙いがあったと考えられます。
それでも首都圏では、東急・京急・京王の3社が2004年のマドリードのテロをきっかけにゴミ箱を置かなくなりました。さらにコロナ禍以降、西武鉄道(2021年)、東京メトロ・東武鉄道・小田急電鉄(2022年)も撤去に踏み切っています。理由として挙げられたのは、テロや防犯への備えのほか、家庭ゴミの持ち込み、感染予防、そして注射器などが捨てられることによる清掃スタッフの危険でした。一方、JR東日本は駅のゴミ箱を残しています。ゴミ箱をなくした会社でも、自動販売機の横にあるペットボトルや缶の回収箱(リサイクルボックス)は置き続けているのが一般的です。飲み物が缶しかなかった時代は、自販機の前で飲み切ってすぐ横のゴミ箱に捨てるのが普通でした。ペットボトルが普及して飲み物を持ち歩くようになると、別の駅でまとめて捨てられる容器が増え、ゴミの中心はペットボトルになっています。
街角のゴミ箱は「置くほど汚れる」問題で消えた
駅の外、つまり公園や街角のゴミ箱が減った理由は、テロ対策というよりマナーと管理の問題でした。千葉県市川市では、駅前のゴミ箱に通勤客が家庭ゴミを持ち込み、夜には飲食店が生ゴミを捨て、2つの駅だけで1日400キロほどのゴミが集まっていたと当時の週刊誌が伝えています。朝にはあふれたゴミにカラスが群がる状態だったため、市は2003年10月にこの2駅前のゴミ箱をすべて撤去しました。
大阪市も、街頭のゴミ容器の中身を調べたところ、家庭の生ゴミや犬猫のふん、事業所の段ボールなど、本来は家庭や会社で分別して出すべきゴミが大量に混ざっていたとして、2009年12月から順次撤去を進めました。ゴミ箱は置いて終わりではなく、回収・清掃・処理の費用がずっとかかります。業界関係者によると、屋外用のゴミ箱は1台20万円前後で、回収費用が高くつく場所もあるそうです。
旅行者が驚くこと、そして変わり始めた街
海外から来た人がよく驚くのは、ゴミ箱がほとんどないのに道がきれいなことです。日本政府観光局(JNTO)も、ゴミ箱が見つからないときはゴミを持ち帰るのが日本の習慣だと紹介し、小さなゴミ袋を持ち歩くよう勧めています。分別のルールも厳しく、数少ないゴミ箱も「ペットボトル」「缶」「びん」「紙」などと種類ごとに分かれています。
ただ、観光客の増加や食べ歩きの広がりで、ゴミ箱がないことによるポイ捨ても目立つようになりました。自販機の回収箱に関係のないゴミを押し込んだり、トイレに捨てたりする例も報じられています。そこで東京・表参道などでは、太陽光で動き、たまったゴミを自動で圧縮して、満杯になると回収係に知らせる「スマートゴミ箱」が置かれ始めました。日本財団の取材によると、表参道の商店会では1日3〜4回だった回収が1日1回(夏場のペットボトルは2回)で済むようになったそうです。
ゴミ箱のない国での上手な過ごし方
ゴミ箱を探して歩き回るより、「ゴミは持ち歩くもの」と割り切るのが日本流です。包み紙や空き容器は袋に入れて、ホテルに戻ってから捨てれば十分です。飲み物は自販機の近くで飲み切れば、横の回収箱に空き容器を入れられます。ただし回収箱は飲み物の容器専用なので、それ以外のゴミを入れるのはマナー違反です。
長距離移動の途中なら、新幹線の車内にはくず入れがあり、終着駅では清掃スタッフがゴミ袋を持ってドアの前に立っていることもよくあります。JNTOも、電車や高速バスを降りるときはゴミを持って降りるよう呼びかけています。食べ歩きをするなら、買ったお店の前で食べ終えて、ゴミを引き取ってもらえるか尋ねてみるのも一つの手です。
日本に住む人は、さらに家庭ゴミの出し方も覚える必要があります。分別は義務で、ルールは都道府県や市区町村ごとに違いますが、おおむね「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「資源ゴミ」に分けて、決められた曜日に出します。引っ越したら、まず役所や管理会社で地域のゴミ出しルールを確認しましょう。家庭ゴミを駅や公園のゴミ箱に持ち込むことが撤去の原因になってきた、という歴史も覚えておくとよいかもしれません。
ヒント
- 小さなゴミ袋(ジッパー付きの袋など)をカバンに一枚入れておく。
- 自動販売機の横の回収箱は、ペットボトル・缶・びん専用。ほかのゴミは入れない。
- ゴミを捨てるときは「燃えるゴミ」「ペットボトル」などの表示を見て分別する。
- 駅のゴミ箱にふたがされていたら、大きな行事などに伴う警戒中の可能性があるので、そのまま持ち帰る。
- 新幹線や高速バスでは、車内のくず入れや降車時の回収を利用し、座席にゴミを残さない。
出典
- 鉄道のテロ対策 - 国土交通省
- Japanese Customs and Etiquette - Japan National Tourism Organization (JNTO)
- Traveling Mindfully - Japan National Tourism Organization (JNTO)
- 10 Smart Travel Tips for Japan (JNTO, PDF)
- 日本のゴミ箱、なぜ消えた?(dragoner) - Yahoo!ニュース エキスパート
- 駅からゴミ箱が消える背景は? 東京メトロが一斉撤去、残す会社も(小林拓矢) - Yahoo!ニュース エキスパート
- 「駅のゴミ箱」なぜ消えた? 地下鉄サリン事件から30年 - Merkmal
- なぜ日本のまちからごみ箱が消えた? IoTを活用したごみ箱「SmaGO」の広がりに期待 - 日本財団ジャーナル