なぜ日本の駅は発車メロディーが駅ごとに違うの?
始まりは「うるさいベル」への苦情でした。騒音対策の小さな工夫が、やがて町の自己紹介に育った話です。
ざっくり言うと
日本の駅でドアが閉まる前に流れる短い音楽は「発車メロディー」(駅メロとも呼ばれます)といいます。首都圏のJRで本格的に広まったのは1989年、けたたましい発車ベルが「うるさい」と不評だったため、耳に優しい音に置き換えたのが始まりです。
その後2000年代ごろから、駅のある町にゆかりのある曲を使う「ご当地発車メロディー」が増え、駅ごとに個性が出るようになりました。ただし、実際にはメーカーが作った汎用のメロディーを使う駅もまだ多く、すべての駅がオリジナル曲というわけではありません。
ベルからメロディーへ:騒音への苦情が出発点
日本の鉄道の発車合図の歴史は古く、1872年に新橋〜横浜間で最初の鉄道が開業したときは、乗務員への合図に太鼓や鈴が使われていました。乗客に発車を知らせるベルが登場したのは1912年、上野駅でのことだとされます。国鉄時代の駅では、目覚まし時計のように「ジリリリ」と鳴る電鈴や電子音のベルが長く使われていました。
転機は1987年の国鉄分割民営化です。同じ年、朝日新聞に「日本の駅はアナウンスがうるさい」と批判するコラムが載って大きな反響を呼びました。翌1988年にはJR千葉駅で発車ベルが廃止され、1989年3月、楽器メーカーのヤマハが開発したメロディーがJR新宿駅と渋谷駅で使われ始めます。当時の新聞は「駅メロ、心に安らぎ」と報じました。新宿駅では、多数のホームで同時に鳴っても不協和音にならないよう、駅全体の響きまで考えて作られたといわれます。
発車メロディーには「急かすベルで駆け込み乗車(発車間際の電車に走って飛び乗ること)を誘うのではなく、少し余裕を持ってほしい」というメッセージが込められていた、と解説する専門家もいます。
実はもっと古い「元祖」もある
確認できる最古の駅メロは、大分県の豊後竹田駅が1951年に始めた「荒城の月」だといわれます。作曲者の瀧廉太郎が少年時代を過ごした町で、地元の人がレコードを駅に持ち込み、発車時に拡声器で流したのが始まりでした。1988年からは地元の少年少女合唱団が歌った音源が使われています。
私鉄では、京阪電気鉄道が1971年8月にメロディーを使い始めています。当時の社長の発案で、発車ベルの設備担当者が作曲しました。海軍の学校で聞いた起床ラッパの記憶から、テンポよく音が上がっていく曲になったそうで、2007年6月まで使われました。それ以前、京阪特急が毎時0分に始発駅を出るときには、NHKの時報を流して発車させていたという話も残っています。JR東日本でも、首都圏より先に1988年11月、仙台駅で発車メロディーが導入されていました。
つまり「町の歌で列車を送り出す」という発想自体は、首都圏の駅メロより前からあったわけです。
「汎用メロディー」と「ご当地メロディー」
駅メロには大きく分けて2種類あります。一つは音響機器メーカーなどが作った「汎用メロディー」です。1990年代に首都圏で導入が広がった際は、費用を抑えるため放送装置のメーカーが用意した曲が多く採用されました。同じ曲が複数の駅で使われるので、よく聞くと「この曲、別の駅でも聞いた」と気づくはずです。
もう一つが、その町ならではの曲を使う「ご当地メロディー」です。中には意外な理由で選ばれた曲もあります。JR京浜東北線の大井町駅では1993年からヴィヴァルディの「四季」が使われていましたが、導入のきっかけは当時の駅長の趣味だったとされ、はっきりした経緯はわかっていません。首都圏で、もともと発車メロディー用に作られたのではない曲が使われた最初の例だといわれます(2025年5月に別の曲に変更)。
「ご当地メロディー」はどう決まるのか
ご当地メロディーの多くは、地元の商店会や自治体、商工会議所などの要望から生まれています。代表例がJR山手線の高田馬場駅で、2003年から「鉄腕アトム」の主題歌が流れています。原作の漫画でアトムが高田馬場の科学省で生まれた設定になっていることと、アニメを制作した手塚プロダクションが近くにあった縁によるものです。当初は期間限定の予定でしたが、今も使われ続けています。京浜東北線の蒲田駅では、かつて映画の撮影所があったことから1997年から「蒲田行進曲」が使われています。
神奈川県のJR川崎駅では2016年12月10日、川崎市出身の歌手・坂本九さんの「上を向いて歩こう」が東海道線ホームの発車メロディーになりました。地元の商工会議所などが約4,000人分の署名を集めて市とJRに要望し、使い始めの日は坂本さんの誕生日に合わせたそうです。京急川崎駅でも同じ曲が電車の接近を知らせるメロディーとして流れています。
大阪では2015年、JR西日本が大阪環状線の各駅に、それぞれの町らしさを表す曲を選びました。焼肉の町のイメージが強い鶴橋駅には食べ放題をテーマにした歌、四天王寺の鐘にちなんで天王寺駅には「あの鐘を鳴らすのはあなた」、大坂の陣を思わせる大阪城公園駅には法螺貝(ほらがい。合戦の合図に使われた貝のラッパ)の音、という具合です(曲はその後変わっている場合があります)。
今の駅メロの仕組み
メロディーは駅員や車掌がホームのボタンを押して鳴らします。ボタンは乗客の目につく場所にあることが多いのですが、係員以外が勝手に押すと業務妨害にあたる可能性があり、注意書きが貼られている駅もあります。
長さは駅によってさまざまです。発着本数の多い川崎駅のような都市の駅では10秒ほどに短くまとめられ、本数の少ない地方の駅では20〜30秒ほどの長めのメロディーがのんびり流れることもあります。
一方で、見直しも進んでいます。JR東日本は2018年、常磐線各駅停車の一部区間で、ホームのメロディーが階段や改札まで響いて駆け込み乗車を招くとして、車両のスピーカーから控えめな音量で流す実験を行いました。2024年ごろからは、横浜駅を皮切りに汎用メロディーを自社で管理する曲に置き換える動きもあります。北海道の函館駅で長く親しまれた「旅立ちの鐘」は、2024年3月末で使用を終えました。
外国から来た人が驚くポイント
駅メロの本を書いた旅行作家は、発車メロディーはおそらく日本独自の鉄道文化だと述べています。海外では発車ベルすら鳴らず、時間になれば列車が静かに動き出す国も多いからです。
一方で、外国人観光客が駅メロに気づくことはまだ少ないようです。富士山の撮影スポットとして人気の富士急行・下吉田駅では、地元出身のロックバンド、フジファブリックの曲が2021年12月から接近メロディーとして流れ、ホームには英語・中国語・タイ語の解説パネルまで置かれていますが、多くの人は富士山の撮影に夢中だそうです。次に駅で音楽が聞こえたら、少しだけ耳を傾けてみてください。
ヒント
- 発車メロディーは「まもなくドアが閉まる」の合図です。鳴り始めたら走って飛び乗らず、次の電車を待つのが安全でマナーにもかなっています。
- ホームにあるメロディーのボタンには絶対に触れないでください。係員以外が押すと業務妨害になる可能性があります。
- 山手線の高田馬場駅(鉄腕アトム)やJR川崎駅(上を向いて歩こう)など、ご当地メロディーの駅を巡るのも気軽な楽しみ方です。
- 同じ駅でもホームによって曲が違うことがあります。ホームごとの違いを聞き比べるのも楽しみ方の一つです。
- 曲は入れ替わることがあります。お目当ての駅メロがある場合は、最新情報を確認してから出かけましょう。
出典
- 日本独自の鉄道文化「駅メロ」: 耳に心地よく、ご当地PRにも活用 | nippon.com
- 坂本九さんの歌碑と駅メロディ | 川崎市
- 発車メロディーに「上を向いて歩こう」 JR川崎駅が10日から | 産経ニュース
- 大阪環状線 発車メロディ 選曲理由 | JR西日本(2015年)
- 駅の発車メロディが駆け込み助長? 常磐線各駅停車で停止実験 | 乗りものニュース
- この発メロのご時世に…上野駅と新大久保駅が「ベル」であり続けるワケ | 乗りものニュース
- 発車メロディ - Wikipedia
- Japan's Unique Railway Departure Melodies - Japan Railway Journal | NHK WORLD-JAPAN