平和記念公園
Hiroshima Peace Memorial Park
1945年8月6日の原爆で失われた街の跡に造られた、平和を祈るための公園です。原爆ドームや慰霊碑、資料館をめぐり、ここで起きたことを自分の目で確かめられます。
かつての繁華街の上に造られた公園
平和記念公園は、広島市の中心部、太田川から元安川が分かれる三角州にあります。この場所は江戸時代から昭和のはじめまで広島の中心的な商店街で、「中島地区」と呼ばれる住宅と商店の密集した町でした。1945年8月6日の原子爆弾で、この町は壊滅しました。
戦後、1949年に「広島平和記念都市建設法」がつくられ、同じ年の設計コンペで建築家・丹下健三らのチームの案が1位に選ばれました。1950年に工事が始まり、公園は1954年に完成しています。2007年には国の名勝(すぐれた景観として国が指定する文化財)にも指定されました。
原爆ドームへ一直線に続く軸
公園の設計でいちばん大切にされているのが、南の平和大通りから原爆死没者慰霊碑のアーチを通り、川向こうの原爆ドームまでを一直線に結ぶ軸線です。慰霊碑の前に立つと、アーチの向こうに原爆ドームが見えるように配置されています。
原爆ドームは、もとは1915年に完成した「広島県物産陳列館」で、チェコ人建築家ヤン・レツルが設計した西洋風の建物でした。爆撃で骨組みだけが残ったこの建物は、1996年にユネスコの世界遺産に登録されています。
慰霊碑、平和の灯、原爆の子の像
原爆死没者慰霊碑は1952年に建てられました。埴輪(はにわ:古墳時代の素焼きの焼き物)をかたどった形の碑です。碑には原爆で亡くなった人の名簿が納められていて、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という言葉が刻まれています。
平和の灯は1964年に灯され、核兵器の廃絶を願って燃え続けています。全国の寺院や工場などから寄せられた火が合わされています。原爆の子の像は、被爆した少女・佐々木禎子さんの話をきっかけに、全国の子どもたちの募金で1958年に建てられた像で、金色の折り鶴を掲げた少女の姿をしています。ほかに、国境のない世界地図が表面に刻まれた「平和の鐘」もあります。
公園の中には広島平和記念資料館(1955年完成)があり、原爆の被害を伝える資料が展示されています。
行き方と訪れる時期
JR広島駅から公園までは約2kmです。広島電鉄の路面電車なら「原爆ドーム前」電停で降りればすぐ原爆ドームに着き、「本通」「袋町」電停からも歩いて行けます。バスやアストラムライン(新交通システム)の本通駅も使えます。路面電車の系統番号は変わることがあるので、乗る前に行き先を確認してください。
毎年8月6日には平和記念式典が行われ、多くの人が犠牲者を追悼するために集まります。
ヒント
- 平和記念資料館をじっくり見るなら、時間に余裕をもって出かけましょう。開館時間や入館の方法は季節や時期によって変わるので、公式サイトで確認してください。
- 資料館は展示品の入れ替えなどで臨時休館することがあります。2026年も休館のお知らせが出ているので、公式サイトのお知らせを見てから予定を立てましょう。
- 公園には専用の駐車場がありません。路面電車やバスで行くのが便利です。
出典
- 原爆関係の慰霊碑等の概要|広島市公式ウェブサイト
- 平和記念公園 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- Hiroshima Peace Memorial (UNESCO) | Travel Japan (JNTO)
- Q: Tell me the access to the Peace Memorial Park | Dive! Hiroshima
- 広島平和記念資料館 | お知らせ一覧
更新日 2026年9月28日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。