高知城
Kochi Castle
江戸時代の天守と本丸御殿が両方とも残る、全国でただひとつの城。高知市の中心の小高い山の上で、殿様が暮らした部屋から天守の最上階まで、当時の建物の中を歩けます。
本丸がまるごと残る城
高知城は、高知市の中心にある大高坂山(おおたかさかやま)の上に建つ城です。関ヶ原の戦いのあと土佐(とさ:今の高知県)を与えられた山内一豊(やまうち かずとよ)が1601年に築城を始め、1611年に完成しました。
1727年の大火で追手門(おうてもん:城の正面の門)以外のほとんどが焼けましたが、18世紀半ばまでに元の形で再建されました。その後、明治時代の廃城や第二次世界大戦の空襲をくぐり抜け、天守や本丸御殿、追手門など15棟が国の重要文化財になっています。
江戸時代かそれ以前の天守が残る城は全国に12ありますが、その中で本丸御殿(ほんまるごてん:藩主が使った建物)まで残っているのは高知城だけです。本丸の建物が完全にそろって残っている城としても知られています。
御殿から天守へ
本丸御殿は「懐徳館(かいとくかん)」とも呼ばれ、天守とつながっています。藩主の座る「上段ノ間(じょうだんのま)」などの部屋があり、欄間(らんま:部屋の上部の透かし彫りの板)には土佐の荒波を表した彫刻があります。御殿が天守に直接つながる形が残っているのも、高知城だけです。
天守は外から見ると4重、中は6階の造りで、高さは18.5mです。
門と石垣の見どころ
追手門と天守がどちらも残っている城は、高知城、丸亀城(香川県)、弘前城(青森県)の3つだけです。追手門の前からは、門と天守を一枚の写真に収めることができます。
石垣の多くは、自然の石をそのまま積む「野面積み(のづらづみ)」です。本丸と二ノ丸の間の堀をまたぐ櫓門(やぐらもん)の「詰門(つめもん)」は、全国でも高知城にしかない造りです。門や天守には、石を落として敵を防ぐ「石落とし」や、塀を越えさせないための鉄のとげ「忍び返し」も残っています。
城のある高知公園には、山内一豊とその妻・千代の像もあります。
行き方
JR高知駅から歩いて約25分、バスなら約10分です。路面電車(とさでん交通)の「高知城前」電停からも歩いて行けます。公園内は無料で歩けますが、天守と本丸御殿に入るには入館料がかかります。開館時間と料金は公式サイトで確認してください。
ヒント
- 文化財の建物なので、公園内は舗装されていない道が多く、建物の中にスロープはありません。歩きやすい靴で行きましょう。
- 無料のコインロッカーや、ボランティアガイドの案内があります(公式サイトの案内による)。
- 年末年始(12月26日〜1月1日)は天守・本丸御殿が休館します。連休などには開館時間が延長されることもあるので、公式サイトのお知らせを確認してください。
出典
更新日 2026年9月28日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。