平城宮跡歴史公園
Heijo Palace Site Historical Park
約1300年前、奈良が日本の都だった時代の宮殿跡。広い草原の中に、朱色の大極殿や朱雀門が発掘調査をもとに建て直され、古代の都のスケールを歩いて体感できます。
74年間の都「平城京」の中心
710年、元明天皇は藤原京から今の奈良市に都を移しました。これが平城京(へいじょうきょう)です。手本にしたのは、当時の唐(中国)の都・長安で、碁盤の目のように道が通る大きな都には10万人以上が暮らしていたといわれます。784年に長岡京へ都が移るまでの74年間が、日本史でいう「奈良時代」です。
平城宮は、その平城京の中心にあった宮殿と役所の区画です。天皇の住まいや儀式の場、役所が集まり、入れたのは皇族や貴族、役人などごく限られた人だけでした。明治から大正にかけて地元の人たちが保存会をつくって跡地を守ろうとし、1952年に国の特別史跡に指定されました。今は世界遺産「古都奈良の文化財」のひとつで、国営公園として整備が進められています。
よみがえった大極殿と朱雀門
公園の北側にある第一次大極殿(だいごくでん)は、天皇の即位や外国の使節との面会など、国で最も大切な儀式が行われた建物です。2010年に復原されました。正面約44m、高さ約27mで、直径70cmの朱色の柱44本と約9万7000枚の瓦が使われています。
大極殿の正面では、周りを囲む回廊や門の復原が続いています。正門の大極門は2022年3月に、その東側に建つ東楼は2026年3月に完成しました。西楼はこれから整備される予定です。
公園の南の入口に立つのが朱雀門(すざくもん)で、1998年に復原されました。門の前の広場では、奈良時代に外国の使節を送り迎えしたり、人々が集まって歌を詠み交わしたりしたといわれます。
まずは「平城宮いざない館」へ
朱雀門の東側にある平城宮いざない館は、公園のガイダンス施設です。平城宮全体の1/200の復原模型や大型映像、大極殿の復原のために作られた1/5の構造模型、出土品などが展示されていて、広い公園を歩く前に全体像をつかむのに役立ちます。
公園の東側には、2つ目の大極殿(第二次大極殿)の土台部分や、宴会や儀式の場だった東院庭園もあります。奈良時代の前半と後半で都の中心の位置が変わったため、平城宮には時期の違う大極殿の跡が2つあるのです。
行き方と回り方
近鉄大和西大寺駅の南口から、大極殿や朱雀門ひろばまで歩いてそれぞれ約20分です。バスなら、近鉄大和西大寺駅、近鉄奈良駅、JR奈良駅から「朱雀門ひろば前」停留所まで行けます。公園はとても広いので、公式サイトではレンタル自転車の利用をすすめています。
敷地に柵はなく、誰でも自由に散策できます。ただし、大極殿やいざない館などの建物には開館時間と休館日があります。時間は変わることがあるので、公式サイトで確認してください。
ヒント
- 大極殿は公園の北側、朱雀門といざない館は南側にあり、平城宮は東西・南北とも約1kmの広さです。両方を見るなら、歩く時間を多めにとるか、自転車を使いましょう。
- 観光シーズンは駐車場が混み合うので、公共交通機関で行くのがおすすめです。
出典
- 平城京とは?|国営平城宮跡歴史公園
- 平城京の歴史|国営平城宮跡歴史公園
- 平城宮跡と復原のあゆみ|国営平城宮跡歴史公園
- 第一次大極殿院の主な見どころ|国営平城宮跡歴史公園
- よみがえる第一次大極殿院|平城宮跡歴史公園
- 朱雀門ひろば|国営平城宮跡歴史公園
- 平城宮いざない館|国営平城宮跡歴史公園
- 第二次大極殿・東院庭園など|国営平城宮跡歴史公園
- アクセス|国営平城宮跡歴史公園
- 第一次大極殿院東楼復原整備工事(2026年3月完成)|国土交通省 近畿地方整備局
- 平城宮跡歴史公園の概要|国土交通省 近畿地方整備局
更新日 2026年9月29日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。