三内丸山遺跡
Sannai-Maruyama Site
約5,900〜4,200年前、縄文時代の人々が長く暮らした大きなムラの跡。復元された巨大な柱の建物や竪穴住居の間を歩き、世界遺産の縄文文化を体感できます。
野球場の建設予定地から見つかった縄文のムラ
三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、青森市にある縄文時代(日本の先史時代で、狩りや採集、漁を中心に暮らした時代)の集落跡です。約5,900〜4,200年前に人々が暮らした場所で、広さは約40ヘクタールあります。
本格的な発掘は、県営野球場を建てる前の調査として1992年に始まりました。その規模と重要性がわかったことで、1994年に野球場の建設は取りやめになり、遺跡が保存されることになりました。2000年に国の特別史跡に指定され、2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つとして世界遺産に登録されました。
6本柱の大型建物と大型竪穴住居
遺跡のシンボルは、6本の太い柱で組まれた「大型掘立柱建物(おおがたほったてばしらたてもの)」の復元です。見つかった柱の穴には直径約1mのクリの木の柱が残っていて、柱と柱の間はどれも4.2mと等しい間隔でした。当時すでに、長さを測る決まった単位があったと考えられています。
長さ約32mの大型竪穴住居(地面を掘り下げて床をつくった住まい)も復元されています。ほかにもお墓や、土を盛り上げた場所などが見つかっています。
縄文の人々の暮らし
発掘からは、新潟県糸魚川(いといがわ)産のヒスイや、各地の黒曜石(こくようせき、石器の材料になる火山ガラス)が見つかっていて、遠くの地域との交流があったことがわかっています。クリやクルミを育てていたとみられることも、この遺跡の大きな発見です。
遺跡の施設「縄文時遊館(さんまるミュージアム)」では、展示を通して縄文時代について学ぶことができます。ボランティアガイドによる無料の案内もあります。
行き方
JR新青森駅からシャトルバスで約15分、JR青森駅からは市営バスまたはシャトルバスで約30〜40分です。青森空港からは車で約30分です。
開館時間は季節によって変わります。料金とあわせて公式サイトで確認してください。
ヒント
- 縄文時代は日本以外ではあまり知られていない時代です。まず無料のボランティアガイドに案内してもらうと、ただの草原に見える場所の意味がよくわかります。
- 新幹線の新青森駅から近いので、青森に着いた日や帰る日にも寄りやすい場所です。
出典
更新日 2026年9月28日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。