金沢城公園
Kanazawa Castle Park
加賀百万石の前田家が暮らした金沢城の跡を整備した公園。江戸時代から残る石川門や、伝統の木造工法でよみがえった櫓、「石垣の博物館」と呼ばれる多彩な石垣を見て歩けます。
加賀藩前田家の居城
金沢城は、加賀(かが)・能登(のと)・越中(えっちゅう)の3つの国、100万石を超える領地を治めた加賀藩前田家の居城です。「石(こく)」は、米の収穫量で領地の大きさを表す単位です。
この地には、もともと1546年に創建されたと伝わる本願寺の寺「金沢御堂(みどう)」がありました。1583年に前田利家(としいえ)が城に入り、天守や石垣などの本格的な整備を進めました。天守は1602年に落雷で焼け、その後は再建されませんでした。
1631年の大火のあと、3代藩主・前田利常(としつね)は城の中心を二の丸に移し、広大な「二の丸御殿」を建てました。城はその後も大火で焼けては再建を繰り返しました。
石川門と、木造で復元された櫓
兼六園側の入口に立つ「石川門」は、1788年に再建されたもので、国の重要文化財です。門や塀、櫓(やぐら、見張りや防御のための建物)で四角く囲まれた「枡形(ますがた)門」で、この形の建物群が江戸時代のまますべて残っているのは、大坂城の大手門と石川門だけとされています。
屋根には、木の下地に鉛の板を張った「鉛瓦(なまりがわら)」が使われています。鉛は雨にさらされると銀白色に変わり、白い漆喰(しっくい)の壁や、瓦を張り付けた「海鼠壁(なまこかべ)」とともに、金沢城ならではの白っぽい外観を作っています。
二の丸を守っていた「菱櫓(ひしやぐら)・五十間長屋(ごじっけんながや)・橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)」は、1881年に陸軍の失火で焼けましたが、2001年に、古写真や絵図、発掘調査をもとに伝統的な木造工法で復元されました。中に入って、建物の構造や復元を支えた職人の技を見学できます。
石垣の博物館と玉泉院丸庭園
金沢城の石垣は、江戸時代初期から各時代のさまざまな積み方が見られることから「石垣の博物館」とも呼ばれています。
「玉泉院丸(ぎょくせんいんまる)庭園」は、1634年に利常が造らせたのが始まりの、藩主の内庭としての性格が強い庭園です。明治時代になくなりましたが、発掘調査や古い絵図をもとに、2015年に再現されました。石垣の上に滝を組み込んだ「色紙短冊積(しきしたんざくづみ)石垣」は、城の石垣の技術と庭のデザインを合わせた、金沢城ならではのものです。
地震からの復旧と二の丸御殿の復元
2024年1月1日の能登半島地震で、金沢城公園では石垣の5か所が崩れ、23か所が変形しました。現在は、崩れた石を元の位置に積み直すための調査と復旧が進められています。2025年7月からは、石材を調べて保管している「いもり堀園地」に見学ルートが設けられています。
また、藩主の住まいや政務の場だった二の丸御殿の復元工事が始まっています。2025年3月に起工式が行われ、玄関や式台(しきだい、客を迎える部屋)まわりの第1期工事は、順調に進めば2033年度ごろに完成する予定です。
行き方
公園には入口が5つあり、最寄りのバス停は入口ごとに違います。石川門口へは、金沢駅から路線バスで「兼六園下・金沢城」で降り、歩いて約5分です。兼六園とは隣り合っているので、続けて回れます。開園時間や、建物の入館料は公式サイトで確認してください。
ヒント
- 公園自体は早朝から開いていて、無料で散策できる時間帯があります。菱櫓・五十間長屋などの建物の中に入るときは、別に入館料が必要です。
- 兼六園と合わせて回るなら、石川門口から入るのが便利です。石川門は兼六園側に面しています。
- 夜間開園やライトアップが行われる日もあります。日程は公式サイトの「夜間開園・ライトアップ」のページで確認してください。
出典
- 金沢城公園 公式サイト(石川県金沢城・兼六園管理事務所)
- 金沢城の歴史 | 金沢城公園
- 石川門 | 金沢城公園
- 菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓 | 金沢城公園
- 鉛瓦の技 | 金沢城公園
- 漆喰壁、海鼠壁の技 | 金沢城公園
- 玉泉院丸庭園、玉泉庵 | 金沢城公園
- 石垣の復旧 | 金沢城公園
- 二の丸御殿の復元整備 | 金沢城公園
- アクセス | 金沢城公園
更新日 2026年9月28日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。