Why Japan? · マナー

なぜ日本では室内で靴を脱ぐの?トイレ用スリッパは何のため?

床に座り、床で眠る暮らしと、湿気の多い気候。玄関の段差は「内」と「外」の境界線で、トイレのスリッパはその内側にもう一本引かれた線です。

A Japanese entryway with shoes lined up on the stone floor below a wooden step and slippers waiting on the raised floor
AI-generated illustration

ざっくり言うと

日本の家では、床に座って食事をし、同じ部屋に布団を敷いて寝る暮らしが長く続きました。床はいわば「座る場所」「寝る場所」なので、外を歩いた靴で上がらないのが当たり前になったのです。湿気の多い気候に合わせて床を地面より高くつくったことや、家の「内」と「外」をはっきり分ける考え方も関係しています。

トイレ用スリッパは、家の中でもトイレを別の空間として区切り、汚れをほかの部屋に持ち出さないためのものです。

床に座り、床で眠る暮らし

nippon.comの解説によると、伝統的な日本の家では床に座って食事をし、同じ部屋に布団を敷いて寝ていたため、室内を清潔に保つことが大切で、履物は中で履きませんでした。国際文化フォーラム(TJF)の資料も、床の上に敷いたわらのマットやクッションに直接座り、そこで寝る習慣が、靴を脱ぐ理由として「おそらく最初にあったもの」だと説明しています。

今の日本の道路はほとんど舗装されていますが、それでも土足で歩いた床にそのまま座ったり布団を敷いたりするのには抵抗がある、という感覚は今も多くの人に残っています。

TJFの資料によれば、室内で履物を脱ぐ習慣は、少なくとも平安時代(794~1185年ごろ)には上流階級にあり、その後社会全体に広がりました。明治時代以降、外で履くものは草履や下駄から靴に変わりましたが、室内で脱ぐ習慣は変わりませんでした。靴は日本の蒸し暑い気候では足が蒸れやすいことも、理由の一つに挙げられています。

この習慣の強さを物語るエピソードがあります。19世紀半ば、初代アメリカ総領事のタウンゼント・ハリスが、江戸城で靴を脱がずに将軍の前へ進み、日本側を驚かせたと伝えられています。学校でも、生徒は入口で外履きから「上履き」と呼ばれる室内用の靴に履き替えます。

湿気と「上がる」という感覚

國學院大學の解説は、地理的な要因をまず挙げています。高温多湿な島国の日本では、湿気が抜けやすいように床を高くする家のつくりが発達しました。床が高ければ、入口に段差ができます。そのため日本語では、家に入ることを「家に上がる」と言います。

この段差のある入口が「玄関(げんかん)」です。玄関は、靴のまま入ってよい土やタイルの床「たたき」と、一段高くなった「上がり框(かまち)」でできています。nippon.comによると、マンションのようなコンクリートの建物では床を高くする必要はないのに、玄関にはやはり段差がつくられていて、ここで靴を脱ぐという合図になっています。

國學院大學は、日本には「外」と「内」をはっきり分ける考え方があることも理由に挙げています。nippon.comは玄関を、神社の鳥居のように「内」と「外」の世界を分ける境界だと表現しています。ちなみに歴史をさかのぼると、玄関があったのは貴族や武士の屋敷で、庶民が住む長屋には玄関がなく、入口の脇の土間(土の床の作業場)から敷居をまたいで上がっていました。

玄関は家のつくりそのものにも影響しています。nippon.comによると、多くの国では防犯のために玄関のドアは内側に開きますが、日本の家のドアは、玄関に置いた靴にぶつからないよう外側に開くのが普通です。靴をしまう棚は、下駄をほとんど履かなくなった今も「下駄箱」と呼ばれています。

トイレ用スリッパは「内側のもう一本の線」

家に上がってスリッパを履いたのに、トイレに入るとまた別のスリッパがある。これに戸惑う外国人は少なくありません。トイレや浴室に専用のスリッパを置くのは、たとえばイギリスでは見られない習慣だとされます。

日本トイレ協会のセミナーでは、平安時代の絵巻「餓鬼草紙(がきぞうし)」に、庶民が用を足すときに高い下駄を履いている姿が描かれていることが紹介されました。地面の汚れから足を守るためだったと考えられています。少し前まで便所には下駄が置いてあり、それが今はスリッパになった。トイレの汚れを避けるために専用の履物を履く感覚は、日本人の中にずっと生き続けているのではないか、と研究者は話しています。

衛生面の理由もあります。生活用品メーカーのライオンによると、和式便器が主流だったころはトイレの床が尿で汚れやすく、スリッパは必需品でした。今でも、便器からはね返った尿は半径1mほどの範囲に飛び散るといい、スリッパを履かないと足の裏で汚れをほかの部屋に広げている可能性がある、と同社は説明しています。

スリッパの意外な歴史と、最近の変化

実は、日本の室内用スリッパは明治時代に生まれました。明治の初め(1868年ごろ)、横浜の外国人居留地に住む外国人が、宿の代わりにしていた寺社に土足で上がろうとしてトラブルになり、東京の仕立屋・徳野利三郎が頼まれて靴の上から履くものを作ったのが始まりといわれています。その後、明治30年代ごろから洋風の家に住む富裕層に広がり、第二次世界大戦後に一気に普及しました。1970年代には日本航空が機内で乗客にスリッパを配り始め、日本発着の路線で同じことをする外国の航空会社も出てきました。

一方で、最近はトイレにスリッパを置かない家も増えています。ライオンの調査では、約半数の家庭でトイレ専用のスリッパが置かれていませんでした。掃除の専門家によると、段差のないバリアフリーの間取りが増えてトイレを「別の場所」と感じにくくなったことや、便器の衛生性能が上がったことが背景にあるようです。それでも、トイレを生活空間と分けたい、汚れを広げたくないという考えから、スリッパを使う方がよいという専門家の意見もあります。

訪問するとき、泊まるときのポイント

日本政府観光局(JNTO)によると、日本のほとんどの家では玄関で靴を脱ぐのが当然とされ、和食店、寺、温泉などにも靴を脱ぐ場所があります。上がるときに「おじゃまします(お邪魔します)」と言うと丁寧です。

畳の部屋では、スリッパも脱ぐのが一般的です。オフィスや病院などでも、室内用のスリッパに履き替える場所があります。nippon.comは、人の家に上がるときは素足を避けるのがよく、夏にサンダルで訪ねるなら短い靴下を持っていくとよいとアドバイスしています。

日本語には「土足で上がり込む」という言い回しがあり、人の気持ちやプライベートな事情に無神経に踏み込むことのたとえとして使われます。靴を脱ぐ習慣が、言葉の中にまで根づいているのがわかります。

ヒント

  • 玄関に段差があったら、それが「ここで靴を脱いで」という合図です。お店や旅館でも、段差や靴箱、並んだスリッパがあれば脱ぎましょう。
  • 脱いだ靴は、つま先を外(ドア側)に向けてそろえ、端に寄せておくと丁寧です。
  • 畳の部屋にはスリッパで入らず、スリッパは畳の手前で脱ぎます。
  • トイレ用スリッパはトイレの中だけで履き、出るときに必ず脱いで戻しましょう。履いたまま廊下や部屋に出てしまうのは、よくある失敗です。
  • 人の家や寺を訪ねる日は、脱いでも恥ずかしくない靴下を履き、脱ぎ履きしやすい靴を選ぶと楽です。

出典

続けて読む

その他の「Why Japan?」