岩手公園(盛岡城跡公園)
Morioka Castle Site Park (Iwate Park)
盛岡の街の真ん中、二つの川が出合う丘に残る南部氏の城跡。白っぽい花崗岩の石垣が見事で、春は桜、秋は紅葉と石垣の組み合わせが楽しめます。
南部氏が36年かけて築いた城
盛岡城は、この地を治めた南部氏の城です。1597年に初代盛岡藩主の南部信直(のぶなお)のもとで築城が始まり、息子の利直(としなお)が工事を指揮しました。完成に近づいたのは36年後の1633年で、3代藩主の重直(しげなお)が城に入りました。北上川と中津川が合流する丘を利用した城で、1937年に国の史跡に指定されています。
このあたりはもともと「不来方(こずかた)」と呼ばれていました。利直が「盛り上がる丘」という願いをこめて「盛岡」という名前に改めたといわれ、これが今の市の名前になっています。
東北では珍しい、高い石垣
明治時代に入ると、城の建物のほとんどは取り壊されました。今残るのは石垣と堀の池です。東北地方の城は土を盛った土塁で守りを固めるものが多いなか、盛岡城は地元でとれる花崗岩(かこうがん)を積み上げた高い石垣が特徴です。
石垣をよく見ると、自然の石をそのまま積んだ「野面積み(のづらづみ)」、形の違う石をパズルのように組み合わせた「乱積み」、四角く整えた石を目地(石のつなぎ目)をそろえて積んだ「布積み」と、いくつもの積み方が見られます。傷んだ石垣は、1984年から修復が続けられています。
1906年、近代の公園づくりの先駆者・長岡安平(ながおか やすへい)の設計で「岩手公園」として開かれ、2006年には市民の投票で「盛岡城跡公園」という愛称がつきました。同じ年に「日本100名城」にも選ばれています。
文学の碑と四季の花
盛岡で学んだ歌人・石川啄木は、15歳のころの自分を思い出して「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」という短歌を詠みました。園内にはこの歌の碑があり、ほかにも新渡戸稲造(にとべ いなぞう)の「願わくはわれ太平洋の橋とならん」という言葉を刻んだ碑や、宮沢賢治の詩の碑があります。
春は約250本の桜が4月中旬から下旬に咲き、4月には「盛岡さくらまつり」が開かれます。そのほか、梅(3月下旬〜4月上旬)、藤(5月)、あじさい(7月)が咲き、10月下旬〜11月上旬には紅葉と石垣の景色が楽しめます。
行き方
JR盛岡駅からバスで約10分です。車なら東北自動車道の盛岡インターチェンジから約20分で、公園の地下に有料駐車場があります。
ヒント
- 石垣の積み方の違いを見比べながら歩くと、ただの石の壁が城の歴史を語る資料に見えてきます。
- 園内には、カナダ・ビクトリア市(盛岡市の姉妹都市)から1995年に贈られたトーテムポールもあります。
- 桜の見ごろやさくらまつりの日程は年によって変わるので、盛岡市や岩手県の観光サイトで確認しましょう。
出典
更新日 2026年9月30日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。