鶴岡八幡宮
Tsurugaoka Hachimangu Shrine
源頼朝が武士の都・鎌倉の中心に据えた神社。海から一直線に続く参道の先、大石段を上った本宮からは鎌倉の街が見渡せ、800年続く流鏑馬も受け継がれています。
武士の都・鎌倉は、この神社から始まった
鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市にある神社です。始まりは、源頼朝の祖先である源頼義が、京都の石清水八幡宮から八幡神(はちまんしん)を分けて迎え、由比ヶ浜の近くにまつったことです。八幡神は源氏(みなもとの一族)の守り神で、「武運の神」として全国で信仰されてきました。
1180年、源頼朝は日本で最初の武家政権(武士による政府)となる鎌倉幕府の拠点を鎌倉に置き、同じ年に八幡宮を今の場所へ移しました。神社を中心に街づくりが進み、由比ヶ浜の海岸から八幡宮まで一直線に延びる約2kmの参道「若宮大路(わかみやおおじ)」は、今も鎌倉の街の中心軸になっています。
大石段、本宮、そして大銀杏
正面の参道を進むと、大きな石段「大石段」があります。上りきった先の本宮(上宮)は、応神天皇・比売神(ひめがみ)・神功皇后の三柱の神をまつる中心の社殿で、下にある若宮(下宮)とともに国の重要文化財です。大石段の上からは鎌倉の街を一望でき、空気の澄んだ晴れた日には太平洋や伊豆大島まで見えることもあります。
境内には、鎌倉の歴史を見守ってきた御神木(ごしんぼく:神聖な木)の大銀杏がありました。2010年3月10日の未明に強風で倒れてしまいましたが、今は根元から出た若い芽(ひこばえ)が「子」銀杏として、となりに移植された「親」銀杏とともに育っています。
源平池と、静御前ゆかりの舞殿
源平池は、頼朝の命令で造られた池です。繁栄を願う3つの島が浮かぶ「源氏池」と、衰退を表す4つの島の「平家池」が向かい合っています。源氏と平家は、鎌倉幕府の成立前に争った2つの武士の一族です。春は桜、夏は紅白の蓮の花が池を彩ります。
舞殿(まいでん)は、源義経の恋人だった静御前(しずかごぜん)が、義経を想いながら舞ったと伝わる若宮の回廊の跡に建っています。今も神社の祭りや行事のほか、一年を通して多くの結婚式が行われています。
流鏑馬と行き方
鶴岡八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)は、馬を走らせながら弓で3つの的を射る神事で、頼朝の時代に始まりました。今も毎年9月16日、9月14〜16日の例大祭(れいたいさい:いちばん大切な年に一度の祭り)の中で、狩りの装束を着た射手によって行われます。
JR鎌倉駅の東口や江ノ電の鎌倉駅から歩いて約10分です。
ヒント
- 大石段の上は見晴らしがよいので、本宮にお参りしたあと、振り返って鎌倉の街を眺めてみてください。
- 2010年に倒れた大銀杏の幹の一部は、境内の「鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム」のカフェで間近に見られます。
- 9月16日の流鏑馬の日は、多くの人が集まります。見学したい場合は早めに出かけましょう。
出典
更新日 2026年9月29日. 営業時間や料金は変わるため、出かける前に公式サイトで確認してください。