九州・沖縄 地方

大分県

大分県は、温泉街と山あいの土地に、漁業の盛んな海岸と、大地の熱が育んだ食文化を併せ持っています。

A view along the historic Tashibu no Sho valley in Oita Prefecture.
Photo: Rosewoman, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

湯けむり、山、そして海

大分県は九州の東部に位置し、少し移動するだけで海から火山性の高原へと行くことができます。九重周辺では、くじゅう連山のふもとに森や湿原を横切る遊歩道があります。さらに南へ行くと、臼杵や佐伯付近の海岸線が豊後水道沿いにいくつもの入り江を形づくっています。別府湾はこの県のまた別の顔を見せてくれます。海辺の街の建物の間から湯けむりが立ちのぼる光景です。

大分県は自らを「おんせん県」と称しています。温泉(onsen)とは、日本の温泉の基準を満たす天然の湧出源を指し、湯だけでなく蒸気やガスも含まれることがあります。2022年度の統計では、大分県は源泉数と湧出量の両方で全国1位でした。別府にはそれぞれ個性の異なる温泉地区がいくつもあり、由布院では山あいの環境で温泉を楽しめます。別府の鉄輪地区では、地熱が街並みにも台所にも溶け込んでいます。「地獄蒸し」は、野菜や魚介、肉を温泉の蒸気で蒸す料理です。「地獄」(hell)という名前は、この地域の猛烈に熱い噴気孔のことを指しており、調味料のことではありません。

神社、石仏、そして古い町並み

大分県北部の歴史は、日本各地の神社で祀られている神・八幡神を祀る総本宮、宇佐神宮と深く結びついています。近くの国東半島では、「六郷満山」が独自の仏教文化として紹介されています。半島の森に覆われた内陸部には、寺院や石仏が今も点在しています。

町にも歴史のもう一つの層があります。日田は江戸時代に幕府の直轄地(天領)として治められ、その古い通りには江戸時代の町並みが残っています。南部の臼杵には、岩壁に彫られた石仏があります。これらの場所は温泉滞在とよい対比になります。大分の物語は、入浴と同じくらい、交易や信仰、地域の共同体の物語でもあるのです。

大分の食卓に並ぶもの

まずはとり天から。軽い天ぷらの衣で揚げた鶏肉で、からし、酸味のあるつけだれ、そしてひと搾りのかぼすを添えて出されることが多い料理です。かぼすは地元の柑橘で、その果汁は焼き魚などの料理の味も引き立てます。体の温まるものなら、だんご汁は、手で伸ばした小麦粉の生地を、里芋、にんじん、しいたけなどの野菜と一緒に味噌汁に入れたものです。名前とは裏腹に、その「だんご」は丸い団子というより、平たくもちもちした麺に近いものです。

海沿いに行くと、また違った選択肢があります。関あじと関さばは、地元で珍重されるアジとサバです。「りゅうきゅう」は、薄切りにした生の魚を醤油やごまなどで味付けした大分の料理で、ご飯にのせて食べることもできます。食べ物以外では、大分の竹細工に注目してみてください。

人々が守り続ける風習

日田では、夏の日田祇園祭で、飾り立てられた山鉾がお囃子とともに通りを進みます。日が暮れると、提灯によってその姿が一変します。この祭りはおよそ3世紀にわたって受け継がれてきたもので、疫病や水害からの守護を願う祈りが込められています。大分県北部の沖合にある姫島では、盆踊りに、受け継がれてきた踊りや新たに考案された踊りと並んで、ユーモラスなキツネ踊りがあります。

日常の話し言葉にも地元ならではの味わいがあります。「しんけん」は大分弁で「とても」という意味で、道路がどれほど混んでいるかを強調するときなどに使われます。方言を知らなくても旅は楽しめますが、こうした言葉がわかると、会話や地元の人が書いた看板がぐっと身近に感じられます。大分の風習は祭りの会場だけにとどまりません。鉄輪では、温泉の蒸気で料理することが、昔からの食事の作り方なのです。

アクセスと巡り方

多くの旅行者は福岡経由、あるいはさらに東から鉄道でやってきます。日本の高速鉄道である新幹線で小倉まで行き、そこで別府・大分市行きの特急に乗り換えられます。大分空港も玄関口の一つです。大分駅からは、別府、由布院、日田、佐伯へと鉄道路線が延びています。

大分県内での移動方法は、何を見たいかによって変わります。一度に一つのエリアをじっくり巡るゆとりを持ちましょう。海辺の町、山歩き、寺院巡りのルートは、それぞれこの県の異なる顔を見せてくれます。

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